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御由緒 年表

 

秋田諏訪宮 御由緒 年表

秋田諏訪宮 御由緒 年表
 
 
延暦21年(802)    信濃國から諏訪大神を奉じて征夷中の大将軍坂上田村麻呂の命を受け、
                       「拂田柵」を造営中の副将軍文室綿麻呂により柵の南に創建。
 
寛治元年(1087)   後三年の役に参戦した信濃國諏訪大祝為仲が在陣中に金沢に遷座後の
          諏訪宮で祭祀を行う。
                         凱旋に際して殿内に大祝像を祀り、また一男子を遺して祀職とする。
                         以後代々「諏訪(諏方)祝子」を称して宮司家となる。
 
建久3年(1192) 社殿の改築の記録が残る。この時期までに六郷野中に遷座。
 
至徳2年(1385) 相模國鎌倉の諏訪家から諏訪宗治が下向して11代祝子(宮司)となる。
 (元中2年)          以後祝子は宮司でありながら武家として、六郷氏(二階堂氏)と共に
          戦場を駆け、また町作りを進め、諏訪宮を六郷總鎭守とする。
 
慶長5年(1600) 祝子(宮司)が六郷氏の関ケ原への出陣に同行せず神職専一となる。
 
慶長9年(1604) 佐竹義重により社殿等の造営がある。(棟札現存)
         六郷古町より現社地に遷座。
 
元和4年(1618) 六郷氏の本荘城内に諏訪神社(現:本荘神社)を分社として創建し、以後
                        祝子(宮司)が出向して祭儀を行い、諏訪宮には毎年の代参を例とする。
 
承応2年(1653) 伊勢神宮より御神木が降り、神託により大曲に分社を創建。
         横手大屋寺内郷の分社もこの頃と推定される。
 
元禄3年(1690) 宮司家、諏訪(諏方)姓を齋藤と改める。
 
享保8年(1723) 現本殿を造営。
 
文化3年(1806) 横手城代戸村義通筆の「諏訪宮」の額を掲げる。
 
文化4年(1807) 宮司齋藤則庸(「則庸日記」の筆者)本居大平に入門。
 
文政11年(1828)  菅江真澄が諏訪宮について記録、また宮司則庸が真澄について記録。
                          
弘化2年(1845) 宮司が寺社奉行直支配社家大頭格となる。
 
明治2年(1869) 羽後國總鎭守と称する。
 
明治6(1873)    町内熊野神社に氏子区域の一部を分ける。
 
明治9年(1876) 社地が六郷村1番地となる。
 
明治9年(1876) 宮司宅に本道小学校を設置する。
 
明治14年(1881)  明治天皇御巡幸に際し、宮司宅(社務所)を御小休所とする。(建物現存)
 
大正8年(1919) 県社となる。
 
大正9年(1920) 現拝殿造営。
 
昭和9年(1934) 宮司が奏任官待遇となる。(秋田県内に2人)
 
昭和28年(1953)  神社本庁別表神社に列する。
 
昭和62年(1987) 「秋田諏訪宮」を正式名称とする。
 
平成9年(1997) 第40代宮司(祝子)就任。
 
   詳しくは<神社と社家の歴史>をご覧ください。

 
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